はじめに
まず個人的な立場を明らかにすると、私は地球温暖化肯定派のほうに属してます。無論、新書などの受け売りではなく、物理過程として温暖化が進行すると考えているからです。今更だなぁと思いながらもこうやって地球温暖化懐疑派へのコメントを書くのも、アルファルファモザイクさんで記事にされていたのを見て、あたかも懐疑派の論が優勢のような感を受けたのが動機なのです。いや、アルファルファモザイクさんは「面白おかしく」と思って記事にしたかもしれませんが、タグが「知識」とかついているし、本気で懐疑派の意見を信じ込んでしまっている人がいるんじゃないかと思いまして。ぶっちゃけ言えば懐疑派のほうが少数派ですし、温暖化については専門家の間でも既にコンセンサスが得られるレベルにまで達しています。その辺りは地球温暖化問題懐疑論へのコメント(明日香壽川氏:東北大学、2008年7月10日現在でver2.4)が詳しいので、半信半疑な方はそちらへどうぞ。今回は、アルファルファモザイクさんが紹介していた記事のリンク先に対する反論として、懐疑論へのコメントを元に抜粋して紹介しようと思っています。
で、件の記事とそのリンク先です。
二酸化炭素さん地球の温暖化を拒否(アルファルファモザイク)
ややこしくも面白い環境問題の世界をあなたに(思えばバカな企画だった)
漫画とかまで描いてお疲れ様です、と思うのですが如何せん色付き文章が読みにくくて……。
個人的な愚痴はさておき、おおまかに以下のような筋立てとなっているようです。
- 水蒸気の温室効果は?
- 二酸化炭素の増加は本当に人為起源か?
- 二酸化炭素の増加は温暖化をもたらすのか?
- 気温が原因で二酸化炭素が結果なのでは?
- 気温の増加は太陽活動が原因では?
- そもそも気温は増加していないのでは?
結論から言ってしまうと、対懐疑論コメントは本当に丁寧な反論が為されており、上記の全てに反論しています。この懐疑派の方が参考にしている出典なのですが、対懐疑論コメントの冒頭では参考文献となった懐疑派への反論を中心に述べるとされていますので、まぁ当然といえば当然。
その他フィードバック機構、数値シミュレーションへの疑義などがありますが、これらは上記の問いを踏まえた上での議論ですので、あまり意味がありません。最後のほうに付け加えておくことにします。
水蒸気の温室効果は?
「水蒸気の温室効果は二酸化炭素などよりも遙かに大きい。その温室効果ガスを抜いて表現しているのは何故か?」(関連:対懐疑論コメント、p.44)
水蒸気が地球大気の温室効果をもたらす最大の要因であることは正しいと考えられています。ただし、水蒸気の平均滞留時間(大気中の存在量を交換速度で割ったもの)は約10日(Wikipedia)というごく短期間のスケールであり、一方の二酸化炭素は数年のスケールで大気中に留まるということが分かっています。このことから、水蒸気は平衡に達するまでの時間が短く、二酸化炭素は長いことが分かります。平衡に達するまでの時間が短いと、何らかの理由で大気中の平均存在量が減少しても、すぐに海洋などから大気中に補填されることになります。つまり、地球温暖化という時間スケールでは水蒸気の変動を無視することが出来るため、図には含まれないことになるというわけです。含めても、図が見難くなるだけ。
二酸化炭素の増加は本当に人為起源か?
「炭素循環図では、人間活動によって大気に供給される二酸化炭素量が6(Gt/yr)、しかし大気と生態系や海洋と交換される二酸化炭素量は200(Gt/yr)あり、わずか3%しか供給されていない。ほとんどは自然起源によるものだ」(関連:対懐疑論コメント ver2.4、p.34)
これも非常に誤解を生む文だと思います。この文だけ読んで炭素循環図を見ると、確かにそう思えて仕方ないかもしれません。が、これは解釈が間違っています。
大気の滞留量(750Gt)へのインプットは、人間活動(6Gt/yr)のほかに生態系・海洋からの供給もあり、合計206(Gt/yr)。一方アウトプットは203(Gt/yr)。収支があっていません。この収支が合わない分が大気中に残留し、その量が3(Gt/yr)で、これが人間活動によって大気中の二酸化炭素が増加する量に相当します。もともとの6(Gt/yr)の半分です。750Gtの大気滞留量からすれば微々たるもの、と思われる方もいるかもしれませんが、単位が異なることに注意。増加量はGt/yrなので、ある期間中の一年当たりの増加量なのです。産業革命以降、この増加量の累計は350Gtにも達し、産業革命以前の大気中二酸化炭素存在量のおよそ7割です。これについては、向井氏のコメント(2007)(国立環境研究所)がよくまとめられていて、非常に参考になります。
また、「受動的溶解増」「光合成増加」によるアウトプットは大気中の二酸化炭素存在量が増えた結果として出てきた現時点におけるアウトプットなので、1960年の二酸化炭素排出量が3(Gt/yr)だったから1960年以前には増加していなかった、という論法は成り立ちません。産業革命頃であれば、これらのアウトプットそのものが無かったと考えられます。そうじゃないとどんどん大気中の二酸化炭素が減ってしまいますし。少なくとも、西暦1000年〜1800年頃というのはほとんど二酸化炭素の変動がなかったと分かることからも、このアウトプットが存在しなかったことが分かります。
ちなみに6Gt/yrという二酸化炭素の排出があり、そのうちの半分が生態系・海洋に吸収されるとすると、約1.5ppm/yrの増加であると分かります。これは近年の濃度増加傾向と一致し、累計として1800年頃から100ppm近く増加していても何ら不思議のないことです。
二酸化炭素の増加は温暖化をもたらすのか?
「二酸化炭素の赤外線吸収効果は既に飽和近くにまで達している。これ以上二酸化炭素が増加しても気温は増加しない」(関連:対懐疑論コメント、p.45)
まず二酸化炭素が温室効果ガスとして働くということがどういうことなのか、という説明から入りましょう。地球は太陽から受け取った短波光エネルギー(主に可視光線)を、最終的には長波光エネルギー(主に赤外線)として射出し、エネルギー収支のバランスをとっています。だから、インプットとしての太陽光エネルギー(太陽放射)が増大しない限り、アウトプットとしての赤外線(地球放射)も増えません。温室効果とは、少し乱暴に言えばそのインプットからアウトプットに至るまでの時間が長くなることを言います。温室効果ガス(水蒸気含む、二酸化炭素やCFCsなど)が地表から射出された赤外線を吸収することで、大気上端から射出されるまでの時間が長くなり、現在の平均気温が保たれているといえます。これがなければ、地表気温は-17℃という寒冷な気候になってしまいます。
さてここで二酸化炭素は、水蒸気が吸収しきれない赤外波長帯で赤外線を吸収するという特性をもっています。これは物理的な特性として実験で確かめられているので問題ありません。二酸化炭素の吸収波長帯にあたる赤外線を二酸化炭素にあてると、確かに100%近い吸収率を示します。だから二酸化炭素が増えてもこれ以上吸収されない、というのは早計で、温暖化に寄与するのはその吸収率ではなく大気上端から射出されるまでの時間です。赤外線の吸収によるエネルギーが滞留している時間が長ければ長いほど、分子衝突などによるエネルギー変換によって別の系(システム)にエネルギーが持ち運び去られる可能性が増え、結果として気温が増大するのです。
地表付近で一度二酸化炭素に吸収され、再び放射された赤外線はそのまま大気上端から地球の外へ逃げていくでしょうか? 無論そうもいかず、より上層の二酸化炭素に再吸収され、再放射されます。これを繰り返して徐々に赤外放射は大気上端に達し、そして地球外へ放射されるわけです。二酸化炭素濃度が増加すればこの吸収→放射プロセスの数が増えることは容易に理解できますし、これこそ二酸化炭素の増加が温暖化をもたらす原因であります。このプロセスを考えれば、むしろ地球の赤外放射においてまだ二酸化炭素の吸収の余地があるといえます。二酸化炭素の増加によってこの吸収量がさらに増えると考えるのは至極当然のことでしょう。
気温が原因で二酸化炭素の増加が結果なのでは?
「気温の変化が先にあり、その後に二酸化炭素の変化が追従してくる」(関連:対懐疑論コメント、p.24)
件のサイトでも引用されていますが、問題となる図はKeeling et al. (1989)によるグラフの一つです。この図を見れば確かに気温が先に上昇し、次いで二酸化炭素濃度が変化しているように見えますが、このグラフは長期変化傾向と季節変化を取り除いて作られたものです。なので、このグラフは地球温暖化のような長期的上昇を論じるのに不適切であることが分かります。この図を作成した意図はKeeling氏本人の講演録であるKeeling(1993)などにより、人間活動の影響を除いた場合の気温上昇と二酸化炭素濃度上昇との関係を明らかにするためであることが分かっています。これをもって気温が原因である、と断定するのは早計に過ぎるでしょう。
加えて、この関係を仮定して今日の二酸化炭素濃度の長期的上昇を説明しようとすると25℃の気温上昇が必要となるのですが、勿論そんな気温上昇は確認されていません。この矛盾を、懐疑派の一人である槌田氏に問いただしたところでは明確な回答を得ることが出来なかったとのこと(河宮と江守2006)。
対懐疑論コメントのp.28では、このようなラグ相関が見られる原因についても説明しています。この気温変動の支配要因はエルニーニョであり、エルニーニョ発生後に二酸化炭素濃度が増加する理由として、(1)高温化がもたらす干ばつによる陸域生態系の生産力低下、(2)昇温による土壌有機物の分解促進、(3)乾燥による森林火災の増加などが挙げられています。件のサイトではヘンリーの法則云々と記述されていることから温度上昇→二酸化炭素の海洋からの放出によってラグ相関関係となることを考えられているようですが、エルニーニョ発生時には逆に海面からの二酸化炭素放出量が減少することが観測から分かっており(Feely et al. 1999)、矛盾します。
問題となる図は単にエルニーニョによる気温上昇が幾つかの要因により二酸化炭素の増加を促すということを示すものであり、二酸化炭素の増加による気温上昇というプロセスを否定するものでもありません。長期的には人為的要因によって二酸化炭素濃度が増大しており(前述)、それによる長期的な平均温度上昇も併せて起こり得るといえるわけです。対懐疑論コメントのp.26にある観測された二酸化炭素濃度と全球平均海面気温の時間変化を見れば、長期変化傾向が一目で理解できます。
気温の増加は太陽活動が原因では?
「太陽活動のレベルを示す黒点数と気温には相関関係がみられる」(関連:対懐疑論コメント、p.17)
確かに、過去の気候変動では太陽活動が大きな影響を与えていたと考えられ、そのことについて否定することはありません。ただし、20世紀後半における急激な温暖化は太陽活動で説明することができず(Sokanki and Krivova 2003; Foukal et al. 2006)、さらに衛星観測以前(1979年以前)の太陽放射経年変化の推定には11年周期よりも長期の変化は過大評価である(Lean et al. 2002; Wang et al. 2005)ことが示唆されており、実際の太陽活動の影響は更に小さい可能性があるとのこと。p.19の太陽活動他と全球平均気温の比較において、このことが明確に見て取ることが出来ます。
そもそも気温は増加していないのでは?
「温度の観測において海上のデータが少ない。また観測以前の過去のデータでは100年程度で大きく気温が変動することは異常ではない」(関連:対懐疑論コメント、p.11、p.20)
これは海上観測データが少ないということ自体が誤りで、船などによって観測されたデータを用い、全球平均気温という値を計算しています。陸上の気温観測所と比較して少ないからといっても意味がありません。陸上、特に都市部の観測所はヒートアイランド効果による気温の上昇が考えられるのでは?という疑問もありますが、勿論その影響を考慮しても温暖化の傾向が読み取れます。加えて地上から高度数kmの対流圏下層の気温や、海の深さ3kmの蓄熱量にも上昇傾向が見られます。これらがヒートアイランド効果を受けているとは考えにくく、気温の上昇は確実に存在する事実です。
古気候の復元において100年程度で大きく気温が変動することもある、という主張もありますが、これはその復元方法そのものに問題があると考えられています。屋久杉から採取した炭素同位体を用いて復元した図とありますが、そもそも屋久杉は大気中二酸化炭素の炭素同位体の変動を記録しているか?といった問題、また大気中二酸化炭素の炭素同位体は全球平均気温を反映して上下しうるか?といった問題が挙げられており、これらの問題が解決されない限りこの図を元にした主張そのものが成立しないということが指摘されています。
単純に考えて、「日本のある一地域で採取された気候データをもって全球気温平均の指標とする」という主張自体に無理があるとも思いますが。
まとめ
以上のことから、次のようにまとめられると思います。
- 二酸化炭素は1800年代以降、増大の傾向にある。
- その増大は人間活動による二酸化炭素の排出が原因である。
- 二酸化炭素の排出により、温室効果が強化され、平均気温が増大している。
問2と3あたりがその核心部分で、それ以外の問いは直接温暖化と関係しない話題ですね。人為的な活動による二酸化炭素の放出が全球平均気温を増大させていることを認めれば、それが地球温暖化です。物理過程と質量収支を考えると、必然的にここへ行き着くわけですよ。
件のサイトでは以降、フィードバック機構や数値シミュレーションの話をしていますが、それ以前の「二酸化炭素増大による気温上昇はない」という(無理矢理な)主張が否定されますのであんまり意味がありません。数値シミュレーションを「出来レース」と呼ばれていますが、それは当然です。物理的条件として二酸化炭素の増大、平均気温の増大が明らかにされているからには、その影響を数値シミュレーションに組み込まないと評価できません。ただし、ここでいう評価とは定量的な評価を指し示しており、定性的な評価は既に為されています。二酸化炭素が増える→気温が上昇するという過程が明らかになっているからこそ、じゃあどれくらい二酸化炭素が増えればどのくらい気温が上昇するのか?という問いに答えるために行うのが数値シミュレーションです。前提条件が違えばその結果が異なるのも当たり前。また、過去の数値シミュレーションと現在の数値シミュレーションの結果を比較して云々とやっていますが、解像度の違いによる内部処理が異なるので比較しても無駄です。
個人的見解
長々と書いてきましたが、やっぱりまだ地球温暖化という概念が十分浸透していないのかなぁと残念に思う次第であります。今回は特定のサイトにおける主張に対し、それは違うということを主張するために特定の話題のみを取り上げていましたが、対懐疑論コメントではさらに色々な懐疑派の主張に対する反論を述べており、また地球温暖化の社会的合意やその重要性なども提言されています。懐疑派の方には最低限この対懐疑論コメントを熟読された上で再反論していただきたいと思いますし、ごく一部で合意がとれないことを大々的に報道するマスコミなどの対応も一考願いたいものです。
……しかしまぁ、対懐疑論コメントの最後に、「懐疑論に対しては、(疲れるなと思いつつも)一つ一つ丁寧に反論をして行けねばと思う」(p.50)と思うのも、全くの同意です。こりゃ疲れるわ、うん。
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